2019/03/07の話:(0除算ができる数体系)一般の分数輪について

今回の小話は以下の話の続きになっています.

2019/03/05の小話:0除算ができないという意味と理由←2つ前

2019/03/06の小話:すべての0除算が可能となる体系←1つ前

1つ前の話で,0除算が可能となる体系として $\integ$ から有理数を作るのと似た構成法によって,$1/0$ や $0/0$ といった数が存在するような数体系 $\winteg$ ( $\integ$ の分数輪) を定義しました.この構成はもっと一般化して議論することができます.以下では,半環とその乗法モノイドから分数輪を構成する方法と,割り算(除法)の定義を行っています.

■任意の半環からの分数輪の構成

実は $ \winteg $ の構成は、任意の半環に対しても行うことができます。 $ (A,+,\cdot) $ が半環であるとは、環の条件のうち加法逆元の存在を $ \forall a\; a0=0a=0 $ に代えたものです。例としては $ (\nature,+,\cdot) $ などがあります。半環から、 $ \winteg $ と同じように $ 0 $ 除算可能な体系を作ることができます.

ある半環 $ (R,+,\cdot) $ から実際に構成してみましょう。以下 $0,1$ という記号は $R$ の加法単位元と乗法単位元を表すものとします.まず $ R $ の部分集合 $ S $ を
\begin{eqnarray}
&(1)\ &1\in S\kg
&(2)\ &s\f 1,s\f 2\in S\quad \Naraba\quad s\f 1s\f 2\in S
\end{eqnarray}
を満たすものとします。つまり $ (S,\cdot) $ を $ (R,+,\cdot) $ の乗法部分モノイドとします。 $ \integ $ に対する $ \integ^\times $ のようなものです.このとき $ R\times R $ の2つの要素 $ (a,b),(c,d) $ は
\begin{eqnarray}
(ma,mb)=(nc,nd)
\end{eqnarray}
を満たす $ m,n\in S $ が存在するときに、同じものとします。すなわち $ R\times R $ 上の同値関係 $ \underset{S}{\sim} $ を
\begin{eqnarray}
(a,b)\underset{S}{\sim}(c,d)\quad \Define\quad
\exists x,y\in S\; (xa,xb)=(yc,yd)
\end{eqnarray}
とし、 $ (R\times R)/\underset{S}{\sim} $ を考えます。この集合の要素を $ \fws ab $ または
\begin{eqnarray}
\fracks ab
\end{eqnarray}
と書くことにします。この集合の中では、ある $ m,n\in S $ に対して $ (ma,mb)=(nc,nd) $ という関係を満たす要素は
\begin{eqnarray}
\fracks ab=\fracks cd
\end{eqnarray}
となっています。この $ (R\times R)/\underset{S}{\sim} $ に、次のように加法と乗法、そして $ \ast $ を定義します。
\begin{eqnarray}
\fracks ab+\fracks cd&=&\fracks{ad+bc}{bd}\kg
\fracks ab\cdot \fracks cd&=&\fracks{ac}{bd}\kg
\fracks ab^\ast&=&\fracks ba
\end{eqnarray}
こうすることによって,代数系 $ ((R\times R)/\underset{S}{\sim},+,\cdot ,\ast) $ は
\begin{eqnarray}
\fracks 00,\; \fracks a0
\end{eqnarray}
のような要素を扱うことができるようになっています。このような代数系を $ \odot\f SR $ と書きます。先ほどの $ \winteg $ は、今回定めた記号を使うと、 $ \odot\thr\integ^\times\integ $ と書くことができます。

$ \odot\f SR $ において
\begin{eqnarray}
\frackm S01,\quad \frackm S11
\end{eqnarray}
はそれぞれ加法単位元と乗法単位元になっています.これらを $ \mathbf 0\f S,\mathbf 1\f S $ と書くことにします.

■分数輪の例 $ \odot\f S\nature $

【例1】自然数に加法と乗法の演算を考えた半環 $ \nature=(\jb{0,1,2,\ldots } ,+,\cdot) $ と、その乗法部分モノイド $ S=(\jb{1,2,4,8,16,\ldots},\cdot) $ から作られる $ \odot\f S\nature $ を考えてみます。

この代数系 $ \odot\f S\nature $ の要素は
\begin{eqnarray}
\fracks ab\quad a,b\in\nature
\end{eqnarray}
という形の要素であり、 $ \odot\f S\nature $ の中では
\begin{eqnarray}
\fracks ab=\fracks {2^ka}{2^kb}\quad (k\in\nature)
\end{eqnarray}
であり、かつ $ 2^k $ という形には書けない自然数 $ m $ に対しては
\begin{eqnarray}
\fracks ab\neq\fracks{ma}{mb}
\end{eqnarray}
となっています。この時点で通常の分数とは性質の異なるものになっているということがわかります。 $ \odot\f S\nature $ の中で
\begin{eqnarray}
\frackm S22
\end{eqnarray}
という要素を考えてみると, $ (2^0\cdot 2,2^0\cdot 2)=(2^1\cdot 1,2^1\cdot 1) $ なので
\begin{eqnarray}
\frackm S22=\frackm S11=\mathbf 1\f S
\end{eqnarray}
となります.しかし
\begin{eqnarray}
\frackm S33
\end{eqnarray}
を考えてみると, $ (2^m\cdot 3,2^m\cdot 3)=(2^n\cdot 1,2^n\cdot 1) $ を満たすような $ m,n\in\nature $ は存在しないので
\begin{eqnarray}
\frackm S33\neq\mathbf 1\f S
\end{eqnarray}
となります.



【例2】半環 $ (\nature, +,\cdot ) $ の乗法部分モノイドとして $ S’=(\jb{1,2,4,6,8,10,\ldots },\cdot ) $ を取ったとき、 $ \odot\f{S’}\nature $ の中では、例えば
\begin{eqnarray}
\frackm{S’} 12&=&\frackm{S’} 24\kg
\frackm{S’}{12}{16}&=&\frackm{S’}{18}{24}
\end{eqnarray}
となっています。先ほどの $ \odot\f S\nature $ では
\begin{eqnarray}
\fracks{12}{16}\neq\fracks{18}{24}
\end{eqnarray}
でした。また, $ \odot\two S’\nature $ では
\begin{eqnarray}
\frackm{S’}33
\end{eqnarray}
という元は, $ (2\cdot 3,2\cdot 3)=(6\cdot 1,6\cdot 1) $ により
\begin{eqnarray}
\frackm{S’}33=\frackm{S’}11=\mathbf 1\two S’
\end{eqnarray}
となることがわかります.

■分数輪における割り算

このように、任意の半環から作られる $ \odot\f SR $ という代数系を、分数輪(wheel of fraction)と呼びます。この分数輪の体系 $ \odot\f SR $ においてわり算を次のように定義することができます: $ \fws ab,\fws cd\in \odot\f SR $ に対して
\begin{eqnarray}
\fracks ab\div\fracks cd=\fracks ab\cdot \fracks cd^\ast=\fracks{ad}{bc}
\end{eqnarray}
と定義します。また $ \alpha,\beta\in\odot\f SR $ に対して $ \alpha\div\beta $ を
\begin{eqnarray}
\frac \alpha\beta
\end{eqnarray}
と書くことにします。少し紛らわしくなってきますが、この記号を使うと $ \alpha=\fws ab,\beta=\fws cd $ のとき
\begin{eqnarray}
\frac\alpha\beta =\frac{\dis\fracks ab}{\dis\fracks cd}=\dis\fracks{ad}{bc}
\end{eqnarray}
となります。注意すべき点としては,
\begin{eqnarray}
\fracks ab\quad (a,b\in R)
\end{eqnarray}
は $ \odot\f SR $ の要素を表すものであり、
\begin{eqnarray}
\frac\alpha\beta\quad (\alpha,\beta\in\odot\f SR)
\end{eqnarray}
は2つの $ \odot\f SR $ の要素 $ \alpha, \beta $ に対して定義される除法演算になっています。

さて、 $ \odot\f SR $ では、以下のような性質が成り立ちます。 $ \alpha,\beta,\gamma,\delta\in\odot\f SR $ として、まずは $ \mathbf 0\f S,\mathbf 1\f S $ といった特別な要素の除法は
\begin{eqnarray}
\frac{\mathbf 0 \f S }{\mathbf 0 \f S }&=&\fracks 01\cdot \fracks 01^\ast=\fracks 01\cdot\fracks 10=\fracks 00\kg
\frac{\mathbf 1\f S}{\mathbf 0\f S}&=&\fracks 11\cdot\fracks 01^\ast=\fracks 10\kg
\frac{\mathbf 0\f S}{\mathbf 1\f S}&=&\fracks 01\cdot\fracks 11^\ast=\fracks 01=\mathbf 0\f S\kg
\frac{\mathbf 1\f S}{\mathbf 1\f S}&=&\fracks 11\cdot\fracks 11^\ast=\fracks 11=\mathbf 1\f S
\end{eqnarray}
のように直観に反しない形で計算できます。次に $ \mathbf 0\f S $ に関して次のような性質が成り立ちます.
\begin{eqnarray}
\mathbf 0\f S\cdot \alpha +\mathbf 0\f S\cdot \beta &=&\fracks 0a+\fracks 0b=\fracks{0}{ab}=\mathbf 0\f S\cdot\fracks 0a\cdot\fracks 0b=\mathbf 0\f S\cdot \alpha\beta
\end{eqnarray}
これは若干不思議な性質になっていますね.

次は約分に関する性質です。
\begin{eqnarray}
\frac{\alpha\beta}{\alpha\gamma}&=&\fracks{abcf}{abed}=\fracks{cf}{ed}+\mathbf 0\f S\cdot\fracks{ab}{ab}=\frac{\beta}{\gamma}+\frac{\mathbf 0\f S\cdot \alpha}{\alpha}
\end{eqnarray}
この性質が普通の除算とは違うことを示しています。これによって、 $ \odot\f SR $ における方程式 $ x\alpha=x\beta $ を変形するときは
\begin{eqnarray}
x\alpha &=&x\beta \kg
\frac{x\alpha}{x}&=&\frac{x\beta}{x}\kg
\alpha +\frac{\mathbf 0\f S\cdot x}x&=&\beta+\frac{\mathbf 0\f S\cdot x}{x}
\end{eqnarray}
のようになります。ここで $ \mathbf 0\f S\cdot x\div x $ の加法逆元 $ -(\mathbf 0\f S\cdot x\div x) $ は存在するとは限らないので、 $ \alpha=\beta $ とすることはできません。このように $ \odot\f SR $ では分数の分母と分子を約分すると、 $ \mathbf 0\f S\cdot \alpha $ のような埃が付着してしまいます。

次に、分配法則に関する性質は次のとおりですです。
\begin{eqnarray}
(\alpha+\beta)\gamma +\mathbf 0\f S\cdot \gamma &=&\alpha\gamma+\beta\gamma
\end{eqnarray}
やはり $ \mathbf 0\f S\cdot \gamma $ という埃が付着します.

この分配法則と、先ほどの約分の性質を使うと、分数の通分が次のように行えることがわかります。
\begin{eqnarray}
\frac \beta\alpha +\frac \delta\gamma +\frac{\mathbf 0\f S\cdot \alpha\gamma}{\alpha\gamma}=\frac{\beta\gamma+\alpha\delta}{\alpha\gamma}+\frac{\mathbf 0\f S}{\alpha\gamma}
\end{eqnarray}

このように、 $ \odot\f SR $ においては他にもいろいろな性質を満たします。そして、それらの性質の中から、 $ \odot\f SR $ のような分数輪を特徴づけるような性質を抜き出し、それを満たすような代数系を一般的に考えるのが次の段階です。


■参考文献

輪に関しては以下の文献を参考にしています.ブログで使われている記号に関しては,いろんな部分が少し違うものになっていますので注意してください.

■ Jesper Carlstrom(2004), ”Wheels — On Division by Zero” Mathematical Structures in Computer Science, 14 no.1

次→【一般の輪】

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