2019/03/06の話:すべての0除算が可能となる体系

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■分数輪 $ \winteg $

すべての $ 0 $ 除算が可能な数体系を構成するために,まずは通常の分数(除法)の話をします.整数 $ \integ $ の2つの元 $ \alpha,\beta $ に対して, $ \beta\neq 0 $ のとき,
\begin{eqnarray}
\frac{\alpha}{\beta}
\end{eqnarray}
というものが考えられます.この記法のことを「分数」と呼びますが,これが $ m,n\neq 0 $ に対して
\begin{eqnarray}
\frac{m\alpha }{m\beta }=\frac{n\alpha}{n\beta}
\end{eqnarray}
という性質を満たすことは知ってのとおりです.

有理数 $ \ratio $ は,整数のすべての組 $ (\alpha,\beta)\in\integ\times (\integ\setminus\jb 0) $ に対して
\begin{eqnarray}
\frac\alpha\beta
\end{eqnarray}
という分数を集めて構成される数体系であると定義できます.分数は整数の2つの組で表されるものですから,見かたを変えれば,有理数は整数の組から成る集合であると考えられます.

このことを念頭に置いて,整数から有理数を得るための数学的な方法をみてみましょう.まず整数の組の集合
\begin{eqnarray}
\integ\times \integ^\times
\end{eqnarray}
を考えます( $ \integ^\times $ は $ \integ\setminus\jb 0 $ を意味するものとする).この集合の要素は $ (\alpha,\beta)\; (\beta\neq 0) $ という形の集合です.この集合の中で, $ (n\alpha,n\beta) $ と $ (m\alpha,m\beta)\; (m,n\neq 0) $ という2つの要素を「同じものとみなした」ものを $ \ratio $ とします.もう少し数学的にこのことを述べてみます. $ \integ\times\integ^\times $ 上の同値関係 $ \sim $ を
\begin{eqnarray}
(\alpha,\beta )\sim (\gamma,\delta )\quad \Define\quad \exists m,n\in\integ\setminus\jb 0\ n\alpha=m\gamma,\; n\beta=m\delta
\end{eqnarray}
としたとき, $ \ratio=(\integ\times\integ^\times)/\sim $ とします.この $ \ratio $ の元は $ [(\alpha,\beta)] $ という形の要素ですが,これを
\begin{eqnarray}
\frac\alpha\beta
\end{eqnarray}
と書くわけです.つまり分数とは $ (\integ\times\integ^\times)/\sim $ の要素をわかりやすい記号で表現したものと見ることができます.またこのように定義された $ \ratio $ の要素に加法と乗法の演算を
\begin{eqnarray}
{[}(\alpha,\beta)]+[(\gamma,\delta)]&=&[(\alpha\delta +\beta\gamma ,\; \beta\delta )]\kg
{[}(\alpha,\beta)]\cdot [(\gamma,\delta)]&=&[(\alpha\gamma ,\;\beta\delta )]
\end{eqnarray}
と定義することによって, $ (\ratio,+,\cdot) $ は可換環になってくれます.

この構成法では,最初から分母は $ \integ^\times $ に設定されており, $ 0 $ が来ることを回避しています.そこで最初の構成で $ \integ\times\integ^\times $ ではなく, $ \integ\times\integ $ からはじめて同じような構成をすれば,分母に $ 0 $ が来ることを許すような $ \ratio $ 的なものを作り出せるのではないか,と考えるのは自然なことです.

実際のそのような構成を行うことが可能です.では $ \integ\times\integ $ から構成を開始してみましょう.

まず, $ \ratio $ の構成と同じように, $ \integ\times\integ $ の2つの要素 $ (a,b),(c,d) $ を
\begin{eqnarray}
(ma,mb)=(nc,nd)
\end{eqnarray}
となるような $ m,n\in\integ^\times $ が存在するときに、同じ要素とみなすことにします。これを数学的に言うと、 $ \integ\times\integ $ 上の同値関係 $ \sim $ を
\begin{eqnarray}
(a,b)\sim (c,d)\ \Define\ \exists m,n\in\integ^\times\; (ma,mb)=(nc,nd)
\end{eqnarray}
としたときの、 $ (\integ\times\integ)/\sim $ を考えることになります。この集合の中では、例えば $ (1,2) $ と $ (2,4) $ は同じ要素を表し、 $ (3,0) $ と $ (-4,0) $ なども同じ要素です。その要素を特別な記号を使って $ \fw ab $ と書くことにしましょう。そして便宜上 $ \fw ab $ の第一成分を「分子」、第二成分を「分母」と呼ぶことにします。

この $ (\integ\times\integ)/\sim $ には、 $ \fw ab $ を分数として扱えるような演算規則が定められています。つまり任意の要素 $ \fw ab,\fw cd $ に対し
\begin{eqnarray}
\fw ab+\fw cd=\fw{ad+bc}{bd}\kg
\fw ab\fw cd=\fw{ac}{bd}
\end{eqnarray}
と定義します。そして一項演算 $ \ast:(\integ\times\integ)/\sim\to(\integ\times\integ)/\sim $ を
\begin{eqnarray}
\fw ab^\ast=\fw ba
\end{eqnarray}
と定義します。すると $ ((\integ\times\integ)/\sim,+,\cdot ,\ast) $ は,加法単位元と乗法単位元を持ち、かつ $ +,\cdot $ に対して結合律と交換律を満足するような数体系になっています。さらに $ \ast $ は $ (\integ\times\integ)/\sim $ の分母と分子を入れ替えるような操作であり、実数における「逆数を取る」という操作に対応するものです。

$ ((\integ\times\integ)/\sim,+,\cdot,\ast) $ を $ \winteg $ と表します。いま、 $ \winteg $ には加法単位元と乗法単位元が存在します。それはそれぞれ、 $ \fw 11 $ と $ \fw 01 $ です。環における $ 1 $ と $ 0 $ に対応するものです。よってこれら特別な $ \winteg $ の元を $ \bm 1=\fw 11,\; \bm 0=\fw 01 $ と表すことにします。

以下では、式を見やすくするため、実際に計算をするときなどは $ \fw ab $ の括弧の中を縦に並べて
\newcommand{\frack}[2]{\left\langle\frac{#1}{#2}\right\rangle}
\begin{eqnarray}
\frack ab
\end{eqnarray}
と表すことにします。これは通常の分数とは異なるものであることに注意してください( $ a/a $ などを手拍子で約分したりできない)。この記号を使うと $ + $ と $ \cdot $ の演算は
\begin{eqnarray}
\frack ab+\frack cd&=&\frack{ad+bc}{bd}\kg
\frack ab\cdot\frack cd&=&\frack{ac}{bd}\kg
\frack ab^\ast=\frack ba
\end{eqnarray}
と表され、また加法単位元 $ \bm 0 $ と乗法単位元 $ \bm 1 $ は
\begin{eqnarray}
\bm 0=\frack 01,\; \bm 1=\frack 11
\end{eqnarray}
となります。ここだけ見ると普通の分数に似たものにはなっています.

では $ \winteg $ ではどのような計算ができるのか考えてみましょう。 $ \winteg $ が普通の $ \ratio $ ともっとも異なるのは $ 0 $ が関係する部分です。なにしろ普通は存在しない
\begin{eqnarray}
\frack 10,\quad \frack 00
\end{eqnarray}
といった要素も $ \winteg $ の中では自然に存在しているからです。これらが存在することによって、 $ \winteg $ が $ \ratio $ とどのくらい違うものになっているのか見てみます。

まず、普通の実数で自然に成り立つ $ a/a=1 $ という式が、 $ \winteg $ ではどうなるか考えてみます。 $ a\neq 0\in\integ $ のときは
\begin{eqnarray}
\frack aa=\frack 11=\bm 1
\end{eqnarray}
となります。なぜなら、定義に戻って考えると、 $ \fw ab $ は、ある $ m,n\in\integ^\times $ が存在して $ ma=nc,mb=nd $ となるとき
\begin{eqnarray}
\frack ab=\frack cd
\end{eqnarray}
となるため、 $ a\neq 1 $ のときは $ a\cdot a\inv =1 $ ですから
\begin{eqnarray}
\frack aa=\frack 11=\bm 1
\end{eqnarray}
が成り立っています。次に $ a=0 $ の場合は
\begin{eqnarray}
\frack 00\neq \frack 11=\bm 1
\end{eqnarray}
です。なぜなら、 $ 0 $ にはなにを掛けても $ 0 $ のままだからです。また
\begin{eqnarray}
\frack 00\neq\frack 01=\bm 0
\end{eqnarray}
でもあります。したがって $ \fw 00 $ という元は $ \bm 0 $ でも $ \bm 1 $ でもない数ということになります。

次に、通常の実数で成り立つ分配法則 $ (x+y)z=xz+yz $ が成り立つかどうか見てみます。 $ \alpha =\fw ab,\beta =\fw cd,\; \gamma =\fw ef $ として、 $ (\alpha+\beta)\gamma $ を計算すると・・・
\begin{eqnarray}
(\alpha+\beta)\gamma &=&\paren{\frack ab+\frack cd}\frack ef\kg
&=&\frack{(ad+bc)e}{bdf}
\end{eqnarray}
となります。一方 $ \alpha\gamma +\beta\gamma $ は
\begin{eqnarray}
\alpha\gamma +\beta\gamma &=&\frack ab\cdot\frack ef+\frack cd\cdot\frack ef\kg
&=&\frack{adef+bcef}{bdf^2}\kg
&=&\frack{(ad+bc)e}{bdf}\cdot\frack{f}{f}
\end{eqnarray}
となります。ここで $ f\neq 0 $ であれば、分配法則が満たされますが、 $ f=0 $ の場合は分子の $ (ad+bc)e $ が $ 0 $ にならない限り成り立ちません。 $ f=0 $ の場合は
\begin{eqnarray}
(\alpha+\beta)\gamma &=&\frack{(ad+bc)e}{0}\kg
\alpha\gamma +\beta\gamma &=&\frack 00
\end{eqnarray}
となるからです。ここで一般に $ \winteg $ では
\begin{eqnarray}
\frack xy+\frack 00=\frack{x0+0y}{0y}=\frack 00
\end{eqnarray}
となることを考えると、
\begin{eqnarray}
\alpha\gamma +\beta\gamma &=&\frack{(ad+bc)e}{0}+\frack 00\kg
&=&(\alpha+\beta)\gamma +\frack 00\kg
&=&(\alpha+\beta)\gamma +\bm 0\cdot\gamma
\end{eqnarray}
ともかけるので、従って $ f=0 $ の場合
\begin{eqnarray}
\alpha\gamma +\beta\gamma &=&(\alpha+\beta)\gamma +\bm 0\cdot\gamma
\end{eqnarray}
と書けます。ところで、この式は $ f\neq 0 $ の場合でも使えるので、これが $ \winteg $ の世界における分配法則と言うことになります。

このように $\winteg$ は $\ratio$ と似たものにはなっていますが,その代数的な性質は $1/0$ や $0/0$ という要素が存在することによって若干異なるものになっていることがわかります.この $\winteg$ を $\integ$ から構成される分数輪(もしくは全商輪)と呼びます.

次→【2019/03/07の小話:一般の分数輪について】

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